広福寺(狭山市)/1805年築の竜宮型鐘楼門

埼玉県の寺
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薬王山地蔵院 広福寺(やくおうざんじぞういんこうふくじ)/狭山市

宗派  天台宗

本尊  薬師如来

創建  永禄11年(1568)と伝わるが「永正甲戌仏涅槃ねはん日天台沙門実海しゃもんじつかい寂」との過去帳の存在もあり草創は永正11年(1514)以前と思われる

竜宮門:文化2年(1805)。埼玉県内では珍しい。上階に鐘がある鐘楼門の一種で1階部分が漆喰塗りになっています。昔話「浦島太郎に登場する竜宮城のような門」を連想させます。

狭山市指定文化財(有形文化財・建造物)

広福寺山門:広福寺山門は、広福寺所蔵の古記録によると、文化2年(1805)に完成したと考えられます。山門と楼門が一体化した構造の鐘楼門で、袴腰は漆喰白壁塗り、上層部は格天井の鐘楼で勾欄(手摺り)をめぐらし、屋根は入母屋造りの瓦葺きという総ケヤキ材の珍しい建築様式です。

この山門をくぐった本堂の前には紅梅がありますが、徳川3代将軍家光が鷹狩りの際の休息の折に、その美しさを賞賛したことから「御詞之梅」と言われ、梅のそばにある井戸も、その水で家光にお茶を入れたことから「梅之井」と言われたと伝えられています。

また、幕末には尊王攘夷に身を捧げた、清川八郎をはじめ、中村貞太郎(北有馬太郎)や、西川練造等、多くの勤皇の志士達がこの山門をくぐったと言われています

軒裏は扇垂木。垂木の1本ずつ角度を変えて造る為、非常に手間がかかります。尚且つ、垂木の小口が「水平・垂直」でなければなりません。

撞木(しゅもく)には紙垂が(しで)が付いていました。

毘沙門堂

3体、祀られています

毘沙門天:御本尊。四天王のひとり

弁財天:七福神でも有名

不動明王:一切の災いを払う

本堂:寄棟屋根桟瓦葺き。流れ向拝

向拝柱の象鼻、青い目をしています

虹梁上に大瓶束笈形。屋根を支える役割でもあり装飾も兼ねています

十三仏:初七日の「不動明王」から始まり三十三回忌の「虚空蔵菩薩」まで並ぶ

増上寺:有章院の石灯籠がありました

石灯籠についてはこちらに詳しく記述しています。

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【アクセス】

住所:埼玉県狭山市下奥富844

交通:西武新宿線「新狭山駅」北口下車、徒歩10分/関越自動車道/川越ICより国道16号線を狭山方面へ15分 駐車場有り

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